推薦文
「一人の赤ちゃんというものはいない。赤ちゃんはいつもお母さんの一部である」
これは有名な乳幼児精神医学者であった D.ウィニコットの言葉です。
赤ちゃんはお母さんやお父さんに代表される愛情に満ちた存在に守られ、愛されながら、
徐々に自立していく、そのために必要な条件を示した言葉です。
赤ちゃんは大切な大人との適切な関係の中でしか成長できないというのです。
しかし、その適切な距離を保つためにウィニコットが強調したのは
「ほどよい母親」でいることの大事さでした。
「ほどよい母親」というのは、赤ちゃんのことを心から大事に思っているのですが、
過度に赤ちゃんに没頭しすぎないし、大事なときに無視するなどもしない、
そして時には失敗もするし、手も抜く、ときどき子どもに謝りもする、
そうした、普通の、やさしいお母さんのことです。
「ほどよい母親」が大事ということは、立派に母親をめざしすぎると子どもはうまく育たない、
でも大事なとき必要なときに手を抜いてもうまく育たない、ということですから、
難しいなと思われるかもしれません。
でもこれを、普段はこの子と適当な距離でいるけれども、
この時間はこの子と充実して関わろうとする時間にしようと、
分けて接するようにすればいいと考えれば楽になります。
普段はそれほど気張らないでちょっと距離を取っている。
でもある時間は子どもとの充実した関わりの時間にする。
でも子供との充実した関わりの時間はどうしてつくればいいのでしょうか。
そうした時間を、無理なく、でも確実に手に入れるためには、
子どもと親とを繋ぐ適切な「文化」が必要になります。
「適切な」というのはその文化を体験することが大人に楽しく子どもにも喜ばれるものであり、
そこに双方の心や関係性が育つ内容が豊かに含まれているということです。
そうした文化の代表が「おもちゃ」「絵本」そして「歌」でしょう。
質のいいおもちゃは、子どもの試行錯誤を楽しく誘導してくれますし、
それによって試行錯誤すること、先を見通すこと、工夫すること、
そして自分はがんばればできるんだという自己肯定感や美的な意識やバランス力等を育んでくれます。
絵本は言うまでもなく、世界と人間についての知識と想像力を育んで、
特に夢を描く力を子どもたち育ててくれますし、あとで本好きになる素地を育てます。
そして歌は、人間の喜びの根底であるリズムを覚醒させ、
他者と体がリズムやメロディを介して共鳴する喜びを体験させてくれますし、
感情を文化の形にして表現する基礎を育てます。
一日のうちある時間はこの三つの文化で子どもと楽しく、
共鳴的につきあうことができれば、あとは普通に、適当な距離をとって子どもの世話をし、
心で応援する、それだけで子どもはうまく育つというのです。
それができるのが「ほどよい母親」で、
カルテット幼児教室は、そうした「ほどよい母親」になるための練習の場ではないかと思っています。
汐見稔幸
1947年 大阪府生まれ。
NHKすくすく子育て 子育て専門家として
日々子育て中のママたちに温かいエールを送っている。
2018年3月まで白梅学園大学・同短期大学学長を務める。
東京大学名誉教授、日本保育学会会長、全国保育士養成協議会会長、
白梅学園大学名誉学長、社会保障審議会児童部会保育専門委員会委員長、
一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事。